lunatrium/fabula cella
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  • 心の縁
    煉瓦道の上、街娼は煙草をのんでいた。
    外套に煙が染みるのが分かって、私は半歩彼女から遠ざかった。
    それは彼女の琴線に触れて、汚い言葉で罵られた。
    恐怖はなかった。むしろその声で、男娼なのだと察し、それに驚いた。
    ほの暗い街では寒さが円を描いていた。それを踏みしめると
    思いのほか固く、氷は割れなかった。
    雨水が溜まったのだろうか。もしそうなら、凍てついた雨水が不憫であった。
    私は革靴から徐々に凍っていくような触感を覚え、飛び退いた。
    先程の男娼の顔を思い出した。
    低く、粗野な男の声に合わぬ中性的な顔をしていた。
    私の心のどこかに、水が滴る。感情の発露だ。それは街の寒さでぴたりと凍った。
    その冷たさは熱さや痛みに似ていた。
    溶かそう。
    その一心で振り向くと、かの男娼は新たな煙草に火をつけていた。
    …あの火で溶けるなら、彼を買う金も使わずに済むのだが。
    ひとのことは知らないが、私の感情は熱を持たない。
    ひとの体温で、私は永らえている。
    私は来た道を戻り始めた。
    宵の口、私の心はずきずきと縮む。熱で弛緩するその時まで、
    凍った水は私をさいなめるのだ。
    【2005/08/22 14:00】 短編モノ | TRACKBACK(-) | COMMENT(0) |

    空は周る
    踊るカーテンの向こう側に何がいるのか考えているうちに、
    風は巡り巡ってぼくと彼女を繋いだ。
    そんな妄想の速度は普段の自転車のスピードと同じくらいだ。
    妄想の中と実世界の表面で、ぼくは速く、風に追われていた。心地良かった。
    立ち尽くして、カーテンを見つめる。
    白いレースのカーテンが踊る。その向こうに透けて見える普段の景色と、
    風にかたちを変えてぼくにぶつかってくる何か。光も空も、手がかりになりはしない。

    ぼくは世界にリンクしていた。
    世界はぼくを動力に回転していた。
    この感覚を放棄したら、世界は誰によって回るのだろう。
    ぼくは今、無意識に世界を回している。
    生きているものに協力を求め、死んだものに祝福をして、
    ぼくは世界を手放そうとしない。
    何とはなしに、感覚の放棄とは死だと認識した。
    ぼくが死んだあと世界を回すのは誰だろう。
    ぼくが思った人であればいい。
    ぼくが想った人ならなおいい。
    でもぼくは世界から離れる気はない。
    ぼくの愛するものは、すべて世界に根ざしているから。
    その点に関しては、ぼく自身も同じだ。

    カーテンはひとまず落ち着いた。
    【2005/08/22 13:43】 短編モノ | TRACKBACK(-) | COMMENT(0) |

    日常の方程式
    昨日大宮のライヴハウスで、友人のライヴを観てきた。
    スリーピースは合わないと思っていたが、それなりにものになるんじゃないかと感じた。
    二組目のバンドが良く、関西では有名らしく、応援したくなってCDも買った。
    常に最前列にロリータファッションの女の子が立っていて、ネタかと思った。
    結局俺はロックが好きなのだ。と思った。

    そのお陰でまだまともに音が聴こえない。煩わしいが、ノイズを楽しむのは
    人間の特権だとか面倒くさいことを考えて眠りから覚めた。
    醒めかけの眼は良く分からないビジョンを写した。
    大宮の街や俺が今まで行った主要なところの空に、大きなトランプが浮いている画。
    ああ、これが俺の感覚なのだな、と思って眠い頭を掻いた。
    蒸した朝だった。ケーブルTVのアニメを適当に見ながら、牛乳でふやかすように
    バターがあらかじめ入ったバターロールを食べて朝食を済ませた。
    デザートを探して冷蔵庫を開けてプリンを見つけ幸せを感じるが、
    冷や飯とキムチがあることに気づき、バターロールが今入っているスペースが
    開くまでの時間を考えてみた。その後でプリンの消化時間も考えた。
    九時になったので、FOXのチャンネルをかけてシンプソンズを観た。
    楽しんだ後、適当に迷彩柄のハーフパンツと無地のTシャツを身につけて
    今日のバイトのシフトを確認しに出かけた。
    友達の車にバッグを置き忘れてしまったためにCDウォークマンが手元に無い。
    寝ている兄貴の部屋にずかずか上がりこんで、彼奴のウォークマンを拝借した。
    昨日レンタルしたCoccoの「クムイウタ」を嵌め込み、自転車に跨った。
    再生してしばらくして、俺は女性ヴォーカリストというものが特別好きだと再確認した。
    あと、女性が書く詩が好きだ。俺に無いものばかりだからだろう。
    歩道橋を渡り、道にしな垂れかかる緑を身を捩ってかわし、川沿いの道に出る。
    バイトの開始が昼からなら一度帰って、十一時にはまた家を出ることになるが、
    そうでなければ出勤は夜だ。余裕がある。何にせよ帰路につくのは夜だが
    川からは蛙の声がするんだろう。慣れるとあの音には落ち着かされる。
    林の縁をなめるように横切っていく。この向こうには神社があった。
    社の裏に当たるこの道の側にも鳥居があって、林を突き抜くように道が敷いてある。
    樹が翳らすその道は、少し不気味で、晴れ空が上にあれば綺麗だろう。
    泣き出しそうな空の下自転車を止め、バイト先の事務所に入った。
    ホールの社員の人に挨拶をし挨拶をされ、シフト表を確認した。夜からだ。
    キッチンの社員の人が厨房から来て、何故か蹴られた。挨拶代わりだった。
    談笑してすぐ帰った。
    Coccoを聴きながら来た道を戻っていると、腕に点のようにくすぐったい冷たさが出来た。
    このまま降らずに行くかと思ったがそうもいかなかった。
    洗濯物が出っ放しなので急いで帰らないといけない。けれど特にスピードは上げない。
    何となく、こういう生活もいいなと思った。
    【2005/08/10 12:38】 短編モノ | TRACKBACK(-) | COMMENT(0) |