lunatrium/fabula cella
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    バンズのスニーカーに、何回礼を言ったか数えてみていた。
    救急車が俺の横を騒がしく通り過ぎ、ドップラー効果を楽しんだ。
    ベルトにクリップしたMP3プレイヤーを撫で、アコースティックな曲をかけ、
    フルジップの紺のパーカーの前を開け、夜の風を懐に入れた。心地よかった。
    自転車が盗まれたのは久しぶりのことで、結構な距離を歩くことになる。
    その憂鬱を誤魔化す一番の方法は音楽で、脚は心地よく進んだ。
    すう、と深く自分の体温より冷たいもの、大気を体に入れると、気持ちの悪い
    酔いはゆっくりと落ち着いた。勿論それは仮のもので、そのうちまた昂ぶって
    俺の喉を気持ち悪くするのだろうが、わずかに残るビールの香りだけは
    味わって認めることが出来る。酔いそのものは、どうにも消し去りたい。
    酔いを意識して歩くと、横断歩道の位置を忘れていた。一歩縁石を踏み越えていた。
    驚いて一歩下がると、信号が青になった。ゆっくり進みだす。
    息を吐くたび、夜は俺の呼気を白いものに変え、俺は冷たさをいとおしんだ。
    火照っていた体も程よく冷めた。パーカーのジッパーを閉めた。
    パーカーは無地のものだったので、ブラックジーンズと合わせて色味が重い。
    首元まで上げたジッパーを少し下げて中から、首に下がった細いシルバーの
    チェーンを出した。チェーンには衝動買いしてしまったホワイトゴールドの
    ヘッドがついている。小振りながら、光を受けるときれいに輝く。
    コンクリートは冷たいものだと、スニーカーを通しても分かる。
    右手にいやに明るいコンビニが見えた。おでんのパックを持ってスーツの男が出てきた。
    冬のコンビニは、おでんの匂いがこもって嫌になる。あの瞬間の鼻腔の感触を
    思い出すと俄かに不快になって、自動販売機で温かいカフェオレを買った。
    プルタブが小気味良くひらき、思わずにやりと笑った。
    買った後で、残った酔いにカフェオレは適していないと思ったが構わずに
    一口呷った。案外に苦くて旨かった。二口目をと口をつけた刹那、
    無意識に出たさっきの笑みが自分でもおかしく思え、また微笑んだ。
    これは幸せなのだと思った。カフェオレが幸せの味とは、アイドルが出る広告みたいだった。
    【2005/11/07 15:38】 短編モノ | TRACKBACK(-) | COMMENT(0) |