lunatrium/fabula cella
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【2009/01/08 11:23】
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ギャロー
きっとそれは数秒のうちに済んだのだろう。
鈍い音と感触、詰まる呼吸。
明滅するそれら自体には意味が無い。
ただ、僕からは輝いて見える。
光るそれは、僕の別れの言葉だから。
その刹那、見えたのは花だった。
いつか見た花、純然な美としてのそれ―――。
【2006/02/25 18:44】
短編モノ
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グラップラーズ
アホみたいに単調な曲ばかり演奏して、ガキどもに拍手をもらって、青春パンクバンドがやっとハケた。カウンターのそばの俺は辟易した顔つきをして、ドリンクチケットでスミノフを頼んだ。すぐに冷たいビンを受け取る。呷ると甘酸っぱいアルコールが、喉を冷やしながら焼いた。明るい顔をした、件のバンドのボーカルがアンケートの記入をせがんできたが、フードで隠れた俺の顔を見てすぐ引き下がった。楽屋では俺と目を合わそうともしなかった。ビビられているようだった。ステージの派手な照明が消え、通常通りのライトで、ライブハウスの不快指数が下がる。演奏を楽しみにして来ている人間は、トリップしているようなものだから不快とは思わない。
「ソウさん、ビビらせちゃかわいそうだよ」
いつの間にか横に、利彦がいた。高校の時の友達で、進路は別々だったが、今は俺のバンドでドラムを叩いてもらっている。高校の時分から一緒にやってみたかった。こいつのスティーヴ・シェリーを意識しているらしいドラムは、後ろにあると安心する。もちろんあそこまでの正確さはないけど、リズムが安定しているのは、俺は大好きだ。スミノフを半分に減らして、俺は楽屋へと利彦を促す。俺たちはのろのろと小汚い楽屋に戻る。
「さて、水分補給は済んだ」
俺はチューニングのため、ムスタングを手に取った。几帳面な他の面子は、もう支度を済ませてステージに行こうとしている。
「ソウ、俺のは?」
「善さん、さっき飲んでたでしょ。昼から食ってねえんだから、回っちゃいますよ」
「酔わなきゃピック持てねえよぉ」
ベースの善さんは、善司という大仰な名前の割に、ダメ人間の素質に満ち満ちている。大学の文化祭で、禁止されてるというのに前日から酒を喰らい、ムカツいていた女たらしをビンでぶん殴って、見事謹慎の身となってしまったり、去年のクリスマスにはドラッグをキメてセックスするのと、テキーラで酔っ払いながら青姦するのではどちらが危険か、という質問を真顔で彼女にしたところ、夕方六時に帰られたりした経験を持っている。ベースはというとメロディックなルートを思いつくことに関しては、やたらセンスがあると思う。突っ走りがちだが怒るとすぐ直してくれる。問題は多いが、善い人と呼べる。
「善司にしらふは毒なんだって。草太も知ってるでしょ」
俺より年下だというのに、俺の先輩にあたる善さんと俺に敬称をつけない、この不届きな女は智歩という。
俺と利彦がよく行く楽器屋に、「女性ボーカル募集」の張り紙を出して、三時間で連絡を入れてきたバイタリティ溢れる女だ。フリーターの俺、不真面目大学生の利彦と善さんに負けない反社会的なヤツだが、実はまだ高1である。智歩の作詞力には恐れ入る。俺たちの要求をすんなり飲むくせに、自分の個性を消さない。歌詞そのものはというと、智歩自身が病んでいるに違いない、現代という厳しい風に磨耗させられてきた俺たちでさえ、すんなりとヤバイと思ってしまうヤバさだ。
智歩の茶化しに笑いながら、俺たちはステージに出てチューニングを始める。何となく、智歩の身の上話を思い出していた。
ロックと一緒に酒を覚え、ギターと一緒にタバコを覚え、バンドというものと一緒にセックスを覚えた。それが全て中学の時の出来事だという。まるでロックスターだ。
「好きになった男がさ、ドラムやってたの。ノイズとか、グランジの。そいつが作曲に使ってた古いギターもらって、必死に練習して、一緒にバンド組んだの。でも、やっぱ恋人同士ってダメだね。バンドとか、セックスだけ相性がよくっても、肝心なところで接してなかった。そのうち、そうやって局地的なところでしかコミュニケーションできないのがイヤで、別れようとしたの。そしたらキレられて、そのキレ方が面倒臭いの何のって!あろう事か押し倒そうとしてきてさ、アタマきたから、刺しちゃった。足だけどね。だから受験する高校は、その時の行動範囲から離れた所にしたんだ」
飲み屋でジョッキの中身を減らしながら、微笑みと一緒に語る智歩を、利彦が目を丸くして見ていたのを覚えている。俺はミネラルウォーターが入ったペットボトルを、手の届きやすい場所に置き、アンプとギターを繋ぐと、軽くコードを鳴らす。このライブハウスの機材は、正直かなりイイ。子供ならたちまち難聴になりそうな轟音が、耳やら腹やらを震わせる。五弦を少し締め、もう一度鳴らす。具合は良い。いくつかエフェクトをかけ、三曲目の出だしを弾いてみる。悪くないニュアンスの出方だ。メインで使うファズの調子を入念に確かめながら、エフェクターの設定を調節した。善さんが手間取ったみたいだったが、ほとんど問題はなかったようだ。全員あまり時間をかけずに仕事を終わらせ、楽器を置き、一度ステージ脇からハケる。一番に戻った俺はビンを手に取り、スミノフを空にした。三人がハケると、利彦が口を開いた。
「智歩、MC大丈夫なの?くれぐれもファックとか言わないでね」
「大丈夫、大丈夫。穏便に済ますから」
前は、あまりにも汚い言葉遣いから、酔っ払いに絡まれて大変だった。相手がいい年で、善さんが一撃で済ませたから、何とか警察沙汰になっても注意だけで助かった。
通常の照明が落ち、ステージの明るいライトが点いた。入場曲として、ディーヴォの「モンゴロイド」が鳴り出す。この瞬間はいつも背筋がくすぐったい。智歩を先頭にして、全員ステージに上がった。数回ここでやらせてもらっているが、名が知れたのかまばらに拍手をもらえた。俺がフェーザーのスイッチを入れるのを見計らって智歩がマイクに向かう。
「グラップラーズです。よろしくお願いします」
ぼそりとバンド名を口にし、弦に指をかけ、智歩は利彦に合図した。スティックを鳴らす音に、俺も自分のギターに神経を通す思いでコードを握った。
シンバルとスネアが爆発したような音に合わせて、思い切り頭を振り下ろしてピックを弦に叩きつけると、パーカーのフードがめくれて、俺の頭が裸になった。白に近い金髪が暴れ、視界が開けた。利彦はキックでビートを続けている。俺と智歩が鳴らしたノイジーな音が消えぬ内に、善さんがキックに乗っかってメロディを作る。俺がそれに追いついて主旋律になるのと同時に、智歩のシャウトが入る。素人臭くもなく、メタルっぽくもない、かといって黒人音楽みたいなグルーヴもない。独特のシャウトだ。全員の音が短調に固定された四小節後から、智歩が歌いだす。
「光が列を作っている
空気はまだ誰のものでもない
滑走して 消えていった
風が電線を殺していった」
一遍に転調して、メロディだけメジャーに、歌詞は意味を成さないまま、曲は締めに入る。
「真空は回転していたい
月が夜のものとも知らぬまま」
スイッチを踏んでファズをかけ、ギターをかき鳴らした。音色は一気に膨らみ、音の表面はざらついた。耳はおろか、頭やジーンズのポケットの空洞までびりびりしてくる。利彦がスネアの連打でついてくる。俺はヤツの方を向き、単音でルートを高速で弾き続けた。二小節でルートを変え、同じ感覚で利彦のパターンが変わる。それが八小節続き、一拍完全に音を抜き、俺と智歩が飛びながら、同じコードを弾く。
音が響いて少し間を置いて、結構大きい拍手が起こる。まずい、初っ端から動き過ぎた。ピックで弦を押さえて音を止めると、俺は置いておいたミネラルウォーターを飲んだ。冷たくて、やる気が起きてくる。
ステージの背後のライトに照らされた客たちを見ていると、不意に泣きそうになる。眩しさに輪郭と色彩を失った彼らからは、生き物としての個性が窺えず、言いようも無い寂しさを感じさせるのだ。けれど次の曲や、メンバーの反応を見ていると、演奏への集中が再開され、そんな感情は全く消え去る。いつものことだ。
俺はペットボトルを置くと、ピックを手の中で転がした。
泣きそうになるのは、何故だろう、音楽が好きだからだと今日は思えた。
【2006/02/08 01:22】
グラップラーズ
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