lunatrium/fabula cella
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    空に水滴が多い日がある。人が言うところの陰気な梅雨のことだが、僕は奇妙に相性が良い。体がはっきりしてくるのを感じて、ここぞとばかりに遊びたくなる。
    墜ちてくる水滴の中に忍び込むのが、第一の遊び。
    ぬれた服が誤魔化してくれるのか、皆が水を嫌っているからか、水滴の中では邪魔が無い。僕はいつも着衣をぬらしながら、水滴の中で解放を覚える。薄い生地の上をはね回る水、その冷たさ、柔らかさの中に、自分の熱と棘が融けてゆく。雑念がすぐさま騙され、健やかな状態とは呼べないほど澄み切った精神が出来始める。考えが、擦り損ねのマッチのように、燃えると見せて枯れてしまう。僕は何も考えられず、何も想えない。ただ気の迷いのように反射をするだけの、酩酊そっくりの醒めが生まれる。
    その中でどれだけ、どれだけ暴れても! 体温が上がることは鳴く、一定量の思念が神経を散らかすことも無い。水滴の迷宮で遊ぶ、光の乏しい昼の話だ。
    第二の遊びは、その冷たい迷宮の中で立ち停まること。
    静止することと侵入することは全く異なる。そのために、こんな項の分け方をしている。
    意識を忘れるような迷宮への侵入に対して、その中で停まることは、迷宮の壁が隙間だらけであるという常識の復元と言える。視点の固定(フィックス)というのはそういう無粋に基づく冷徹さと鋭さを具えている。
    迷宮の壁は、僕に道を選ばせるわけではない。常に動きを鈍くしているだけだ。それに気付くと、「この、まやかしめ!」という僕の勝手な憤慨が波になって、それまで岩よりも堅かった空間が、その堅さを保ったままゆがみ、ひずみ、僕の視線に掻き回される。ふと眼の緊張を弛ませると、空間は惰性によって回転を少しだけ続けるが、また凝固し始め、先程とは表面の見場を違えるのだった。
    それから見るものは、水滴が一秒二十四コマの像をいろどり続ける新鮮な静寂だ。空気の中で成形し続けたい、と願う光や、虫、人の息を、地面に馴染ませようという優しい強制。静寂はその残酷さの轟きなのだ。僕はずっとそれを見ていると、自分が眼球と視神経だけの生き物になって、ほの赤い臓物としての「意識」を視覚器官と接(つな)いで生存している心地がしてくる。
    その日最後の遊びは、眠ること。
    意識と集中の遊びに振り回されて、つまらないつまらないとぼやいていた耳は、いい加減水滴の喧騒に飽いている。
    だから僕は、水滴が地を叩くその一点、屋根を弾くその一点ではなく、墜ち来て墜ち行く水滴の隙間にこそ狙いを定めて、本当の静けさを聴こう、と耳を賺すのだ。
    そうして静かな眠りは、多くの遊びのための大きな疲れと一緒になって、一瞬一瞬が倖せそのものに近づいてゆく。その眠りの黯さのように、こんな語りも暗転させたい。
    そのブラック・アウトが、遊びの終わりのように甘いものなら、それほど嬉しいことは無い。
    【2007/12/26 13:01】 短編モノ | TRACKBACK(-) | COMMENT(0) |