lunatrium/fabula cella
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【2009/01/08 03:13】
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エトランゼとデラシネ
椿の花が落ちるように人が死ぬ時代が来る。
故郷を捨てた男はその理を信じている。彼は金を持たない。女は夜毎に変わる。行く街には知らぬ女がいて、去る街には捨てた女がいる。それだけで良い。絆はきれぎれであれば、単なる美しい装飾にしかならない。そう思っている。
男は成人を認められる前から行脚を始めた。溌剌と乱れた若さが収斂し、老いの兆しが僅かにさした容貌は、よくまとまった美しさを見せている。ある女は輝いていた若さの残滓に惹かれ、ある女は行脚の労苦が織り上げた濃厚な老いに魅せられた。彼を目にした女の殆どは美しいものを見た気になった。男色家も同様だった。
男はある夜、気付く。全ての地を踏んだことに。世界唯一の大陸を、何年も歩き続け、彼は訪れていない地をもう持っていなかった。
宿をとる気が失せた男は、疲れを無視して路を歩く。彼は旅路の中で初めて、眠りながら歩いた。
瞼を上げると、虚無の中にいた。足は地面の感触を失っていた。吹く風や草木の匂いはゼロという大きな存在の核へと吸い込まれていた。それでも男の体は進んでいる。どこへとも知らず、歩んでいるつもりも泳いでいるつもりもないのに。
それに付き添う女がいる。男はそれに気付き、行きずりの女を口説くのと同じつもりで話しかける。
ここは?
どこ、と言えるだけ、ことばはすぐれていない。
どうしてぼくはここに?
おろかだから。
君は誰?
創生の女神でもあるし、死にかけの胎児でもあるし、芸術家を目指す遊女でもあるし、拒食症のおぼこでもある。
どこへ向かっているの?
加速こそしているけど、まだ決まっていない。
ぼくの問いを、予め?
予め知っている。
それならもういい。
なら教えて。
どうぞ。
死が蔓延するのをどうして信じるの?
「露悪になるよ。
ぼくは戦災と疫病が駆逐の渦を成している地に生まれた。両親も兄や姉たちも、ごく自然に死んでいった。ぼくは生き残った。なぜだかね。手足が腐ることも無かったし、銃弾や砲弾は、ぼくを捉える前に止んだ。ぼくは墓を作った。探せば探すほど屍は見つかった。埋めたり燃やしたり、その時々に思いついた手段を使って、弔いのイデアを見つけようとしていた。食べず、飲まず、眠らずにそうした。そんなに屍に触れていりゃあ、自分の生鮮な部分なんか止まってしまう。
ぼくはあれから何も食べてはいないし、眠ってもいない。それなのに成長はしている。恐らく死にながら生きている。そういう状態で、君、暮らしとかを保っていく気になるかい? ならないだろう。そうなってみれば分かる。空虚であるということは、さわやかなあきらめが内蔵になっていることを示すんだ。感情なんていうのは、内臓や体液が温かないきものだけが持つものだよ。
面白いことにね、空虚はどれだけ取り除いても尽きることは無い。むしろうつろであることが確かになってゆく。そこに何かを注いでもらうべきなのに、ぼくは自分の空虚をばらまこうと思った。会話して、まぐわって、別れることで。
この空虚を押しなべてしまえば、人は皆、うつろな想いの苗床になる。ひとのだいたいは奪いたがりさ。空虚を奪うとどうなる? 奪ったものは空虚自体を手に入れるし、奪われたものは空虚を喪った分だけ空虚になれる――」
無限のマイナス。逝きゆく《死》それ自体。
「――ひとは、無限の喪失の中で、〈ただそれをするだけのいきもの〉になるんだ。ただそれをしているだけでいい、そういう生活が、どれだけ乾燥しているか、きみ、分かるかい? 分かりたくない?
ぼくはそうなりたい。ひとがどう思うかまで考えられない。ぼくはすべてのいきものが屍に見えるんだよ。思いやるなんて、できないよ。
……でも……君は……そうでもないな……」
男と女が在る虚無は膨張していた。男の知覚がそれに侵食される。女は予め感官の全てを喪った生命だから、ただ男のそばにいるだけしか出来ないし、それでいいとかいけないとかいう判断を持っていない。
男は女に手を伸ばそうとする。しかし一刹那の衝撃によって静止を余儀なくされる。
膨張する虚無の中心点にありながら、男の脊髄の全体から伸びたねとつく糸が、虚無の表面に張り付いている。膨張する虚無と男は接続してゆく。男の眼は人間の第一感覚としての役割を忘れ始め、この世にある限りの色を認識していく。全ての音楽も全ての酒も全てのペニスも全てのヴァギナも、ただ、色という配列で男に入り込んでくる。男は自分の内蔵が灰色であることを信じていた。色の奔流は男のからださえ満たし、灰色であるはずの内臓を染め上げる。男は感情を嘔吐する。虚無の中にそれが飛び散る。女はそれを汚いとも思わず、美しいとも思わない。男の脊髄から逃れ、男を見つめている。
男の意識は爆縮する。広がり、広がり、そして広がる虚無の中で、男の意識は小さいものになってゆく。それは破砕されるのか、それとも拡大のためのプロセスなのか。女は恐らく知っている。
虚無はいつしか膨張を止める。男の脊髄はついに膨張を追いきった。
一応形状をなしていた虚無は限界を無視できる存在である。
風船が割れるように虚無は破裂する。虚無の中に満ちていた虚無が散じていく。稀薄にはならず、〈そこにあった分が伸ばされてゆくのに、そのままに濃い〉。
男の脊髄が虚無へと融解していく。男は小さな小さな意識が脈打つのを聴こうとしている。意識の拍動は、鮮やかなスペクトルとなって男に届く。男は安堵する。なにか恐ろしいものから解き放たれた心地になる。
女はそれを見ている。背中から虚無に侵食され、ゆっくりとほどけていく男を見つめている。女はそっと男の右頬に触れる。
男はその刺激には耐えきれなかった。無理やり凝固しようとしていた虚無と感情が刺激に暴れて、押し固められた意識の結晶を砕いた。
男は苦しむ。苦しむ。苦しむ。苦しむ。苦しむ。苦しむ。苦しむ。苦しむ。苦しむ。
女が触れた箇所から、結晶が解かれて液化した意識がこぼれる。意識の液は虚無に溶ける。男の感官は、それを「痛い」と思う。
依然、色に支配される男の眼には、ただ痛みが映る。傷の痛みではない。病の痛みでもない。それは痛みの純粋な信号。
強い、強い痛み! 白熱する惑星の爆発の瞬間、一秒二十四こまの殺人、魂の褪色!
男は痛みに苦しみ、虚無の中に叫びを木霊させたはじめてのいきものになり、女は虚無の魂として、絶対の不可視物へと自分のからだを配列しなおした。
男はこの時二十八だった。その時間に見合った分の静寂を経た後、右頬に女の指の感触を残して、二千二百六十六字前の状態へ戻った。
【2008/03/09 12:25】
短編モノ
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ルナティック・ジュヴナイル
カイは緊張のせいで、大嫌いなはずの消毒液のにおいも忘れながら、弟か妹の誕生を待っている。分娩室に入る母は苦しがっていた。自分や父の声を分かりながら、反応を示せないようだった。自分を産んで十一年も経っていれば、苦しみの記憶なんて忘れているだろう、とカイは考えた。
父は父で、男の不甲斐無さに苦しんでいる。カイはそれを見ていると冷静になれ、次第に、待つしかないのだから、と開き直り始めた。父はカイの素振りを見て、お前はかっこいいなあ、やっぱり男の子だな、と言った。悪い気はしなかった。
トイレに行ってくる、父さんも変に心配すんなよ。カイが精一杯くだけた口調を使うと、父は笑った。日頃の穏やかさが戻った表情だった。
用を足して廊下に出たカイは、落ち着きのせいで消毒液のにおいを感じられる。注射や身体測定、記憶をこの上なく直接的に浮かび上がらせるにおい。赤ん坊の頃は病弱で、身長は今でも小さいカイには堪えるにおいだった。
しかし、面倒な記憶の滾りはすぐに終わった。カイの目に、においを忘れさせるものが映っていた。
廊下の端で、膝を抱えてうずくまっているのは、恐らくハルアキだった。
ハルアキは万能な小学生だった。同じ年頃の子供が願うものの全てを備えていた。高い成績と運動神経の同居、割合整った容姿、裕福な家庭、そして何より、周りから好かれる人柄。彼は眼鏡をかけていた。何人かの女子は「ハルって眼鏡が無きゃ完璧だよね」と話していたが、ただ一つ瑣末な欠点を持つことが愛嬌になるのだということは、誰もが無意識に悟っていた。
そんなハルアキが交通事故に遭ったというのだから、彼を気遣う噂は急速に広まった。彼の母親が運転する車に違反車が突っ込んだ、という真実は全く捻じ曲げられなかった。ハルアキのケガは軽いという情報も広まり安堵を呼んだ。だがその車に彼の兄弟も乗っていたこと、彼らのケガがとても重いということを、ハルアキの同級生はあまり知らない。
カイは噂をそこまで知っている数少ない同級生の一人だった。
属しているグループが違うため、カイは声をかけるのを少しだけためらった。だが、ピクリとも動かないハルアキを放っておけず、ゆっくりと近寄って「大丈夫?」と囁いた。ハルアキは顔を上げる。眼も頬も赤らんでいて人相が違っている。カイは(軽いケガだなんて、嘘じゃないか)と思った。だがそれは、ハルアキが泣き続けているためだと気付いた。そう気付くまで、彼が今なお涙を流していることにも気付かなかった。何でだ? カイがそう不思議がる間に、ハルアキの視線の焦点が定まった。いきなり恐怖を浮かべたハルアキは、猛然と走り出した。
走り出す瞬間のハルアキは、嗚咽を響かせていた。カイは両親のことも自分の弟妹のことも忘れて、ハルアキを追った。
二人は階段に駆け込んだ。ハルアキは眼鏡を取り、涙を拭う。もう一度眼鏡をかけようとするが、走りながらそこまでの動作をやり切るのは難しかった。つまずいて、階段の途中に倒れこむ。追いついたカイは彼を助け起こす。ハルアキはすぐに助けの手を振り払い、泣きじゃくりながら眼鏡をかけ、階段をのぼっていく。足が痛むのか、追いつかれて開き直ったのか、歩みはのろい。カイは止めるべきタイミングも、止めるための言葉も失い、ハルアキを気遣いながらついていこうと決めた。
二人は階段をのぼりきった。屋上へのドアは鍵が閉まっている。それを確認したハルアキは階段をおりる。涙こそ流していないが、涙の理由を解決できていない苦しみを、カイは見出した。
ハルアキが何気なく入ったのは空の病室だった。カイは一応表札を見てから入ったが、ハルアキの意識の乏しさを、そろそろ「恐い」と思い始めている。何を考える風でもなく、転んで打った足を引きずるようにして歩く姿は、カイが知っている彼の姿のどれとも似ていない。彼の今の姿と似たものを思い出し、カイは戦慄した。今の時期、通学路に現れがちな浮浪者、にやにや笑い、ぶつぶつ呟き、よたよた歩く人型の怪物……。
ハルアキは向かって左端の窓を開ける。窓は横にスライドするのではない、縦に傾く形でしか開かないものだ。だいぶ難儀して、彼は傾いた窓を固定し、そこから外に出ようとした。
「ハル!」
思わず叫んだカイに振り向き、ハルアキは笑った。そして左へと身を傾け、窓という視界の外へ逃げた。
カイが窓へと走り寄るときには、ハルアキの体は全て外へ出ていた。
ハルアキはハシゴをのぼり始めていた。屋上へのドアが不具合を起こしたときのために、屋上に上がるためのものだろう。壁面には簡素な足場もある。ただ、四階の高さともなると、本能に訴える恐ろしさを生む。カイはたじろぎ、ハルアキを追うことができない。
(ハルは今、ぼくを疎んでるじゃないか。それなのに追いかけたって、何を助けられるか分からない。第一、弟か妹が生まれそうなときなんだ。大して仲も良い訳じゃない同級生追いかけて、ぼくは……)
カイは迷っていた。平常でないハルアキを、放っておくべきか、構ってやるべきか。どちらかが正解なのだと信じるカイは、まだ幼い。
カイの心が決まる。彼はハルアキに倣って外に出る。足場は網になっていて、僅かに下の様子が分かる。網に遮られて細切れになった情報を捉えると「それならいっそ」という反射が生まれ、カイは地面を見下ろした。まともに捉えた視界は、かたちにならない落下の恐怖を、かたちにならないままカイにぶつけ、カイは思わずしゃがみ込む。屋上からは、ガシャガシャという音が響く。ハルアキがフェンスでも乗り越えているのだろう。カイは、フェンスまで越えなきゃいけないのか、と弱気になる。
それでもすぐにカイを奮い立たせるものは、初めての野心だった。
屋上に出たハルアキは、うずくまるのも忘れて、目をつぶりながら夜空を仰いでいる。さっきまでは、兄弟が昏睡していることにまつわる感情で泣いていた。だが今は、カイにその様を見られたことが苦痛になっていた。ハルアキは自分のことを評価する力をまだ持っていない。その代わり、人々がそれぞれの感覚で自分を評していることを早くから知っていた。自分が割と美しい形で見られていることを、彼は知っていた。
そんな自分の無様なときを同級生に見られる苦痛。ハルアキはそれに喘いでいた。
カイが恐怖に勝ってハシゴをのぼってくる。ハルアキはカイが身を乗り出してくる前から「来るな!」と叫んだ。その叫びには全く反応せず、カイは屋上へと上がり、ハルアキと同じようにフェンスを越えてきた。カイはへたり込み、恐いねえ、と泣き笑いの顔になった。
ハルアキは、不意に癒された気になる。おれの醜いところを見ないでくれ、とうまく言えないでいるのに、カイに全てを悟ってもらって「気にしてないよ」と許されている気になる。カイはハルアキに声をかける。
「ハル、ケガが痛むの?」
それとも、と言って、カイは言葉を止めた。それとも、に続く言葉の中身を、ハルは分かっている。自分の兄弟のことだ。確かに自分は、兄弟のことで泣いている。けれど泣きながらでは、うまく意思を示せない。ハルアキは充分な間をとって頷くことしかできなかった。
「お兄さんたち、ケガ、重いんだね? まだ眼が覚めてないんだね?」
カイの疑問符のつけ方が、とても優しい。ハルアキは、初めてカイをじっくりと見つめる。今までの会話の乏しさもハルアキ自身が示した拒絶も諒解しながら、それでもハルアキを気づかう泣き笑いの顔。おれはどうして今まで、こんなに優しいこいつと話さなかったんだろう、こいつを邪険に扱ったんだろう。
「おれは……」
ハルアキは謝ったり礼を言ったりしたくて、必死に言葉を探った。そうしているうちに、彼は言うべきことではなく、言いたいことを言ってしまいたくなった。礼を欠いてはいけない、いけない。そう思いながら、
「おれは後ろの座席の右側に乗ってた」
ハルアキは衝動に抗えなかった。
「あの車は左から突っ込んできたんだ。たくさんの種類のもの、ガラスとか車のボディとかが壊れる音がいっぺんにした。おれの隣に乗ってた兄貴と助手席の弟は直接衝撃を受けて、頭から血を流したまま、まだ起きてない。見舞いに入れない、ガラス張りの個室にいるよ。
母さんは二人を心配して泣いてばかりいる。おれも心配だよ。だけど」
ハルアキの顔は、また盛んに涙を含み始める。
「ほんの一回でいい、おれのことも、気にして欲しい……」
ハルアキは立ち尽くしたままうつむいて、また嗚咽を始める。涙の分泌や喉と鼻の震えといった反射をするためだけの生き物になるような泣き方だ。ハルアキは人前でそうして泣いたことが無かった。苦しいから、哀しいから、情けないからそれを明示する。しかし下手な慰めはしないで欲しい、けれどこの責め苦から自分を救って欲しい、そういう感情が次から次へ現れ消える。泣くという行為がここまで自分勝手だと、彼は知らなかった。
人並程度には、そんな泣き方を知っているカイは、ハルアキの背をさする。背が低いカイは、ハルのうつむいた顔を自然に覗き込んでしまえたが、してはいけない、と思った。
「ごめんね、触ると、うっとうしいかもしれないけど。
あんまりケガしないで良かった。ハルが生きてて良かったよ」
ハルアキは顔を上げ、カイは濡れた瞳の上を、月光が滑るのを見た。
二人はやたらに強い光を感じ、空を見上げる。そして驚いた表情を見合わせて、先ほど乗り越えたフェンスに飛びつく。
巨大な満月だった。
やや黄色く光る月の肌からは、その色とは似つかない濃く青い光が放たれている。二人は月そのものを美しいとも勿論思ったが、自分たちが眺望する景色の全てがひどく美しく感じられるのを不思議に思っている。それは影のためだった。強い月光は、汚く点滅する電灯の光とは違って、ちっとも揺らがない。そこに生まれる影は、いつもよりはっきりと凝り固まっている上、青い大気とばっちり噛み合っているのだ。
「でっかい照明だね」
カイはそう呟いた。月の光は強すぎて、その周囲の空だけ暗く沈んでいるように見える。それは電球と傘が作る光と陰影にそっくりだった。そうしてみると、見下ろす街並は、自然光とは思えない強さに彩られた精巧な箱庭のようだ。二人はそれを映すレンズだ。
「おれらは、カメラだな」
カイは、うん、と言った。二人はそれぞれ、写真を撮るカメラだろうか? 映像を撮るカメラだろうか? と考えた。ただ、妖しいまでの光に包まれて、おっかなびっくり会話するこの危うい時に水を差せるほど、彼らはまだ親しくなかった。
二人はじっと月を見ていた。しばらくして、女の泣き声が院内に響き、二人の耳にもかすかに届いた。ハルアキはそれが母親のものだと気付き、カイも何となくそれを悟った。心配するカイに、ハルアキは首を横に振った。ハルアキは、兄弟のどちらか、もしかしたら二人ともが死んだのだろうと感じた。それでも月と夜の風景から、まだ目を逸らしたくなかった。涙はもう出ない。だが、以前よりずっと静かな哀しみが胸を浸した。
それからしばらくして、赤ん坊の泣き声が響いたが、カイはハルアキの顔を見て、ここにいる、と言った。ハルアキの静かな哀しみは少しだけ弱まる。
次第に二人を探す声まで生まれ始めるが、その頃には月は雲に隠れ、二人は寄り添って眠っていた。
二人はそれ以後、別段仲良くなる素振りは見せなかった。ハルアキは泣き顔を見せたことをやはり恥じていたし、カイは「ハルを助けられたら」という野心を不遜に思ったからだ。
ハルアキの兄弟は死んでなどおらず、母親の泣き声は、彼らが昏睡から覚めたためだった。カイには弟が生まれた。
ケガも癒えて家も落ち着き、ハルアキは学校に通い始め、同級生に祝福された。カイはその中の、ただの一部だった。日々の中で、運動会でも修学旅行でも、二人は今まで通りの距離を保ち続けた。
二人の視線が合ったときに、微笑が交わされていることは、誰も知らない。
もしかしたら月は?
【2008/03/09 12:25】
短編モノ
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